ポイズン~たまには身体の叫びに耳を傾けるのもいいかもしれない【第254回】

目安時間:約 5分

(飲食中には、読まない方がよいかと思います。ご了承よろしくお願いします。)

 


帚木蓬生 著『悲素』を読んだ。実名は出さないものの和歌山ヒ素混入カレー殺人事件の話である。1998年に起きた事件だ。

 

1995年には、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた。毒薬によるテロ事件である。後に、私は村上春樹の『アンダーグランド』を読み、サリンというものを知っていく。地下鉄サリン事件、松本サリン事件という言葉を知っていても、サリンが人体にどのような影響をもたらすのか、そのインタビューを読んでて絶句する。

 

わずか、その3年後に和歌山で毒物による事件が発生すると、テロなのか…と思っても不思議ではない。しかし、長き時間をかけて、保険金詐取を毒物を使って行ってきた、一主婦の犯行がカレー事件という惨事を招く。

 

私の父は生命保険会社で、熱心に働いてきて、そして、今日の私があるので、当時の生保の闇、生保企業の持つシステムゆえにこのような事件も起きてしまったことを安易に頷けないところがある。

 

生保に罪は無いが、犯人は、生保で7年間勤め、業績はトップクラス、でも何故、トップを独占し続けたのか、そしてその7年間で得た保険の知識がどういうものだったのか、それを知れば知るほど、身の毛もよだつ…

 

事件当時、父に、話を振ってみた時、怒りと落胆に満ちた表情で、あまり語らない父の姿を思い出す。

 

小説の形を取りつつも、綿密な取材を重ねた、医学の土台もある帚木蓬生が解説する〝サリン〟そして〝砒素〟この目には見えず、いつ、どこに、混入されたり、散布されても分からない毒というものを知れば知るほど、恐ろしくなる。しかし、本当に怖いのは、毒そのものよりも、なぜ?だ。毒を混入し、散布するという《動機》だ。そして、その動機を知っても怒りと恐怖しかわいてこないのだが、動機が意味不明だと、表現できない感情に包まれる。

 

被害者の方々や、そのご家族の方々の心中を察しても、理解することは難しい。

 

砒素が体内に入ったら、どうなっていくのかを、『悲素』では、克明に描いていく。〝吐瀉〟〝吐く〟という症状が砒素が混入された食物を口にして10分内に激しく襲ってくる、短時間に何十回も吐く。病院へ搬送される、そこでも、運命が大きく分かれてしまう。

 

吐くことは止まることがなくひたすら、吐いてしまう。壮絶な苦しみだ。そこで、病院と医者によっては、吐くことを止める薬を投薬する。しかし、そのことが死を招く。

 

吐いて吐いて吐きまくることで実は砒素を吐き出しているのだ。吐くことを止められることで砒素は体内に残ってしまう。

 

日頃から薬を使用することが多い私だからこそ、記すのだが、薬で助かり、感謝もしている。反面、人体のシステムやメカニズムを理解することも大切だ。実は、私の対極にあたるパターンを取っているのが、私の妻である。薬もほぼ飲まず、病院にもほぼ行かない。

 

薬によって助けられるのは、事実であるし、なぜ服用するのか、それは即効性があるからだ。自然治癒とかは、とてもじゃないが待ってられない。

 

ところが、『悲素』を読んでて、人間なめんなよ、人体なめんなよ、という心の叫びも聞こえてくる。

 

嘔吐によって、毒物、毒素を体内から出す。発熱発汗咳鼻水くしゃみ下痢それらが、身体が菌や毒素と戦ったり、身体をリセットさせるためのサインだったりしている。実によく出来ている。それを投薬、服用するというのは、どういうことなのかを時々は考えなければ、ならないのかもしれない。

 

このことを理解出来るならば身体だけではなく、心においても同じことが言えるのではないだろうか…

 

心も嘔吐し、発熱し、下痢もするということであり、それが正常に戻ろうとする作用であるということを…

 


日日是好日 ティーセレモニー~たまには道と名のつく世界を堪能するのもいいかもしれない

目安時間:約 4分

友だちのNさんが、映画の試写のペアチケットが当たったのだが、当日行けないということで、私にプレゼントしてくれた。

それは、『日日是好日』という作品で10月13日公開予定で、女優•樹木希林の遺作ともなる。

不思議なもので、このペアチケットをプレゼントされなかったならば、劇場に観に行くこともなかったし、まして夫婦で鑑賞することもなかっただろう。とてもステキな作品で純粋に感動した。Nさんに感謝だ。

樹木希林という名女優を劇場でしっかり観る。『日日是好日』では、茶道の先生役。茶道が何たるものか、は私にとって無縁だが、作品で語られる茶道の世界は、仕事や人間関係にあてはまるものであり、今、壁にぶつかってる人が観ると、〝なるほどぉ〟と、ほっこりした心でシフトチェンジしていけるような作品だ。樹木希林は、モゴモゴと、ブツブツとセリフを吐くのだが、これが実に本質的で、心に沁みてくる。

2015年に出演された『あん』も超名作だ。樹木希林は、粒あんを作る老人として、登場するが、この、あん作りや茶道も、《人の生き方そのものを語っているようで》実に心に沁みてくるのだが、

様々な役をこなす樹木希林。上記の〝あん作り〟〝茶道〟のマスターかと言うと、一女優なので、職人や先生ではない、つまり演じているのであり、観客を感動までさせる演技に至るまでは、相当な練習を積み重ねているということだ…『日日是好日』で、女子大生2人に茶道を基本から教える場面だけでも、舌を巻く。自分が俳優だと想像したらお手上げで、放棄するだろう。そう思うと、やはり名女優なんだなぁと感じる。

上映開始前に、妻が、突然、「ごめん、寝るかもしれないその時は、ごめんね」なんて言ってきた。こんなの映画以上のエンタメだ。結局、最後まで寝ることは、なかったが、さすがに気になる、作風上、静かなシーンが多くて…妻は寝てないが、普通の鼻息のボリュームそのものが、大きめだということが、気になってしまう。シーーーーン としてる場面、横から、すーーすーーぴゅぅと妻の鼻息。

しかし、そんなことをかき消す新手の敵が登場する。上映開始で30分も過ぎてるのに、10歳くらいの孫を連れてきた、おばあちゃんが、席をかき分け、しかも私たちの、真ん前に座った。

んまぁーー、とにかく落ち着きのない孫に、カバンやらビニール袋をガサゴソと音を立てるおばあちゃん、お菓子やドリンクを要求する孫に、ガサゴソ応じるおばあちゃん、画面上には、茶道の美しき世界…茶道の真逆の世界が、目の前で展開しているのだ。すると、30分もすると、この2人が退席するという事態が起きる。孫が、耐えられなくて、ゴネて退席、そうか、そうか、と想像する私。それなら最初から来るんじゃないよ、しかし、待てよ、まさかトイレ?いやいや、とにかく、そのまま退席でお願いします。しかし、トイレだった…席をかき分け戻ってきて、ガサゴソガサゴソ、バリボリバリボリ、グビグビ、、トイレ行ってる間、あんなに、いい場面だったのに…

終映…苛立ち気味な雰囲気を醸しだしている私を察して、妻が、「映画っていろんな人が観にくるんだからね」と諭すように言ってくる。そう、鑑賞前に、寝るかもしれない宣言する人もいるのだ。

そもそも、あのおばあちゃんと孫は、なぜ試写会に来たのだろうか…『そりゃぁ、あんた余計なお世話ってものよ、ねぇあんただって、チケット譲ってもらわなかったら、観に来なかったんでしょ、ねぇ』と天国の樹木希林から言われてる気がした。

おばあちゃんと孫といえば、『あん』で、樹木希林は、実孫の内田伽羅(つまり本木雅弘•モッくんの娘)と共演していて、思い出しただけで目頭が熱くなる…


サニー~たまには10代の頃の自分を抱きしめてあげたいと思うのもいいかもしれない【第248回】

目安時間:約 4分

映画『サニー』を観てきた。よく耳にすることだが、韓国版『サニー』の熱狂的なファンからは、不評で、初めて観る人たちには、好評だということらいしが、それも真偽はわからない。その韓国版『サニー』だって2012年公開当時(日本)劇場はガラガラだった。

ところが、口コミで、どんどん広がっていって、上映劇場も増えていった。これは近年では『カメラを止めるな!』で、見た現象だが、『桐島、部活やめるってよ』『この世界の片隅に』も口コミ拡散型のヒット作品になっていった。 それは、誤解を招く覚悟で言えば、私たちのような50代の、おっさんが泣ける!泣けた!を連発し、SNSで拡散していったことは大きな要因とも思う。 何故だか、50代のおっさん達は、よく泣いてしまうのだ。※真偽はわからないが

たとえば、コギャルになったこともないし(なったらヤバい)コギャルの気持ちは、わからない、でも、若い娘たちが、笑って歌って踊って、はしゃいでる姿の、あのキラキラ感を見てるだけで泣けてくる。

ヒエラルキーの中で味わう、微妙な心情を見てるだけで、そのヒリヒリ感に泣けてしまう。

韓国版『サニー』を2回ほど観て落涙し、日本版は『サニー』どうなることやらと思ったが、やはり落涙した。すると、また韓国版を観たくなり、観て落涙。最近では、予告編の動画を観るだけでもウルウルしてしまう。こういうのが映画で楽しんでるという感覚だ。

別に、50代だけが、とかおっさんだけが、とか、そういうことを言いたいわけではない。『サニー』などの秀作を観て泣いたりしてしまうのは、〝10代の時の自分に声をかけてあげたい〟ということであり、〝10代の頃の自分を抱きしめることで、今までの自分はそして今の自分はこれでよかったんだ〟ということが、人間の、いや、おっさんの、いや、人間の本質的な部分じゃないかと思うのだ。

その時に大きく作用してくるのが、当時、流れていた音楽、ハマって聞いてた音楽。今、スマホに多くの楽曲を入れて毎日、聞いているが、ほとんどが80年代〜90年代の楽曲だ。※あとアニソン《音楽の力は偉大だ》

90年代くらいまでは、TVから流れていた楽曲、毎週楽しみだったドラマの主題歌、楽曲そのものが、街で流れていた、仲間がそろえば音楽を流して、その時間と空間を共有していた感が強かった、という気がする。一緒に歌ったりしていた。

当時の私たちは、まさか、ひとりひとりがスマホで大量の楽曲をダウンロードして、イヤホンでシャカシャカ聞いているなんて光景を想像できなかった。

『サニー』日本も韓国も、ストーリー的にはベタで、テッパンなのに、ささるのは上記のような内容の共感と共鳴ゆえかもしれない。

おっさんたちの再会と、女性たちの再会とは、意味が違ってくる気がする。女性たちの人生は大きく変わる。友だちは大切だ、親友だと言ってたのに、呆気なく会わなくなり、どこで何をしてるかも、こんなにSNSの便利な時代なのに、所在がわからない…そして、わざわざ探そうとも思わない。

なので、〝永遠の仲間たちだ!〟〝強い気持ち!強い愛!〟というフレーズに、憧憬の思いを抱くのかもしれない。


ディザスター~たまには防災にはシビアに取り組むのもいいかもしれない、んにゃ必要【第244回】

目安時間:約 4分

今日は9月9日、救急の日かどうかは知らないが、日本国民誰もが、災害のことは、深刻に受け止めていかねばならない。天災は、どうにもならない、しかし、大概、わからなければならないだろう、地震、台風、火山、いつでもどこにでも来るということを。

過去30年間くらいを振り返ってみても、メディアの弊害も大きいと思う。いや、テレビのおかげで助かってるというのも事実だが、我々が目にするのは災害後の状況を放送で目にするので、情報として、ありがたいと思うのだが、錯覚がそこに生じているのかもしれない…

例えば、気象庁の人がテレビで危機性を訴えても、大半の人が真剣に聞いてない、受け止めていない、そもそも、専門用語の使い分けもわからないし、何を言ってるのか、わからない。となると、気象庁からすれば、もう、それはそっちの勝手でしょ、とボヤきたくなるのかも知れない、しかも、パソコンやスマホでハザードマップまで見れるようにしている、でも多くの人はハザードマップとか知らないか使用をしない。

テレビを見てても避難しないけど、知り合いの、遠方にいる家族からの電話で、事の重大さを知って避難して、命が助かったという話も聞く。

この度の大阪をはじめとする関西圏の台風、北海道の地震、SNSで安否の確認は、即、取れたし、現地の状況も写真や動画が送られてくる。テレビのニュースの映像も、スマホでSNS上にアップされているものが、多く使われている。

つまり、垂れ流しの分からな情報より、身近にいる、信頼をおける知り合いの言葉である。とは言えSNSこそ、嘘まみれの垂れ流しもハンパない。

メディアやSNSも重要だが、自治体における防災リーダー、防災スペシャリストが、ある程度、災害発生前に動くことが必要ではないかと思う。そんな余裕はない、それどころではない、と言っても、これだけ災害立て続けの災害国家なのだから、重要なことと思う。

大阪の台風の時、テレビで大阪からの中継で、強風吹き荒れる中、ニコニコしながらスマホで写真撮ったり、動画撮ったり、自撮りしてる光景が放送されるの見てると、危なっかしくて、複雑な心境になる。

表現の自由というものがあり、こうして私もメルマガを配信しているわけだが、、ユーチューバーたちの、大食いだの、試してみただの、ユーチューバーたちが集ってあれこれいろんなことやっている、そういうの見ると、吐き気がしてくる。もう〜頼むから、やめてほしい、動画をアップする神経も理解できないが、それだけ多くの視聴者がいるというのに理解に苦しむ。これが小学生たちの憧れの職業かと…影響力あるんだから、防災や災害や、日頃からどうしていたらいいのかなどのプチ知識などの動画が、少しはあってもいいんじゃないだろうか。そんなユーチューバー山ほどいるんじゃないかと。災害国家だというのに、大食いとか、食べ比べとか、大金はたいて何買ったとか、マヂどうでもいいからやめてほしい。


『24』 〜たまにはデイトリッパーな 日々もいいかもしれない【第240回】

目安時間:約 4分

第240回、ってことで、サブタイトルは24にして、ジャックバウアーなノリで配信していく。

このスタイルは8/15の第237回の配信と同様のもの。こんなことに巻き込んでしまってすまないと思ってるぅ。
※ジャックバウアー風に

8/23 13:30
朝からの仕事を終える。お盆に日帰りで行ってきた神戸でのこと、母から受けたミッションの結果報告と、母にと預かっていた、お土産を渡すべく、高速道路を使わず、久留米市→小郡市→筑紫野市で、国道3号線に乗る。小郡イオンモールの横を走るが、7月に起きた水害の爪痕は深く、今だに営業再開していない。

16:00
国道3号線を走り、北九州に入り、実家に到着。父の墓参り。母と話す。8/14の日帰り神戸での出来事をスマホの写真を見せる。これは終活に関する話なのだが、実に全然暗くならない。むしろ、具体的に話をしていると、母のテンショはアップ気味になる。家族にとって必要なことだと改めて実感させられる。

母の故郷の島根県隠岐の島のおじさん、おばさんがスマホでLINEができるようになったので、動画電話を試みるも、おじさん、おばさんはまだ、使い方が分からず、電話だけで会話、盛り上がる。

19:30
仕事終えた弟が合流してきて2人で夕食に出かける。食事は隣町の人気店で昔からあるが私にとって初めてで、弟のガイドを受けながら、食を楽しむ。食事を終えると、ドライブ、北九州市内のドライブは懐かしさも相まって、実に楽しい。特に夜景&海というのは北九州の魅力だ。

暴行と暴言の少年時代の兄弟関係を思い出すと、いつしか兄も弟も50代、40代になり、お互い、子を持つ父となり、仕事の話や、子育ての話や、家族、親族の話をする。

兄弟とは言え、こういう時間を持つことは大切だと感じる。

22:30
ドライブを終え、北九州から
久留米へ向けて帰宅する。
高速道路で帰宅すれば約90
分近くの所要時間だ。
途中のパーキングエリア、
サービスエリア、高速道路の
左端には、大量の大型トラック
がハザードランプ点けて、停
車している。台風の影響で、
物流に生じてることなんだろ
うと推測する。

23:50
久留米到着。帰宅。娘が帰宅してないことを妻から聞く。友だち6人と花火で遊んでるとのこと。娘に電話を入れ、少々キレ気味の感情を伝え、迎えに行く。
8/24 0:00 を過ぎていた。
雨、深夜、女子6人、
ウチの娘以外の親たちの神経を理解できない、怒りもこみあげる。しかし、子どもとはいえ、もう20歳なのに過干渉ではないか…とも思う。自宅の駐車場で、30分ほどだが、娘とじっくり話をした。こういう機会は逃さない方がいいと私は思う。確かに、そんなこんなの繰り返しで、20歳になったのだなぁと。

そういえば、『24』のジャックバウアーにも、キムという娘がいて、どんなテロにも屈せず、任務遂行のためなら何でもやるジャックバウアーパパは、娘のキムには、お手上げだった。

こうして、1日を終える私にとって明日は長い1日になりそうだ…

24:59

25:00


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