空母いぶき【第189回】

目安時間:約 4分

かわぐちかいじの漫画『空母いぶき』をご存知だろうか?現在8巻まで刊行されているので、今のうちに読まれることをおススメする。現在の日本と中国、そして沖縄の関係を考えれば、ただの漫画として軽視することはできない。

かわぐちかいじ作品は多くあるが、私にとって中学の終わりから高校にかけて麻雀に興じた期間、かわぐち麻雀漫画は別格だった。特に熱狂したのは、小島武夫を描いた『はっぽうやぶれ』だったのだが、その後、様々なジャンルを描く中で、国家や世界を描く作品が、登場してくる。(※いずれもググッてみてね)『沈黙の艦隊』『ジパング』そして『太陽の黙示録』だ。

『太陽の黙示録』は2002年から連載開始、舞台は現代の日本に巨大地震が発生して、日本は琵琶湖あたりから、真っ二つに割れてしまい、それをアメリカと中国が統治、同じ民族でありながら対峙するという朝鮮半島を思わせる状況を描く。2008年初頭にこの〝群雄編〟を終え、そこから〝建国編〟が始まる。大震災によって世界中に避難民として生きる500万人の日本人たちが、アメリカも中国も手をつけていないグレーゾーンのエリアに集結して、建国を図る壮大な話。〝群雄編〟が朝鮮半島のイメージなら〝建 国編〟はイスラエルをイメージさせる。連載は2010年の暮れ頃に終了した。コミックで最終巻が発売されて、巻末には、かわぐちかいじによるライナーノーツが記される。それが2011年を迎えた時のこと、その後に3月11日 東日本大震災が発生した。

そして…『空母いぶき』の連載が2014年から始まる。これは20XY年という設定だが、今という設定で読めばいいと思う。日本は〝自立国家〟となるべく〝戦える日本〟となる、その象徴が〝空母いぶき〟という空母である。中国は、露骨に動きだす。日本と中国、戦わばどうなるのか、この作品は現在コミック8巻くらいまではアメリカは、ほぼ動かない、あくまでも日本が中国と直接、戦うという戦況を描いている。•沖縄に中国軍が上陸、一般 市民(日本国民)を武装に よって監視下に置く。•自衛隊による戦闘が陸海軍 で展開される。•戦闘で1人、戦死するごとに 政府、外務省、国連、メデ ィアがどう動くのかを詳細 に描いている。

「日本が空母いぶきなんかを作って、強気に出たから、こんな事態になっていったんじゃないか!」という世論は当然、出てくるが、メディア、反対派世論以上に、首相の信念とリーダーとしての苦悩や決断を描く。これは明らかに安倍晋三首相のイメージで描かれていると思うが、それはある意味、実際、今の日本がこういう緊迫状況にあり、しかも中国だけでなく、北朝鮮、ロシア、まで考えると、モリカケ問題での安倍おろし劇場なんてのは話にならない、というのを悲しいことにマンガの方が、何100倍もリアルに伝えてくれる。

「ちみねぇ、何言ってんのマンガの話だろう?そんな事、本気になったりしたらダメだよ、ちみぃ」という声もあるだろう。しかし、逆に言えば、

【こんなマンガ以上の想像やイメージすら抱けないとしたら…】

かなり危なくヤバいとも言えよう。日本、自衛隊、憲法、中国、沖縄、北朝鮮、ロシア、北海道、これらのワードで何もセンサーに引っかからない国民が30%以上になったら、多分、簡単に乗っ取られてしまうことだろう。もう既に、どんどん乗っ取ら始めているかもしれないというのに…


オリンピックは何の祭典なのか【第188回】

目安時間:約 4分

今日閉会式を逢える〝平昌オリンピック〟。

多くのドラマがあり、視聴、直接、会場で観戦された多くの人たちは、感動の期間となったことだろう。

私にとっては、スピードスケートの小平奈緒さんの〝顔〟に胸を震わされた。疾走してる時の顔、優勝した時の、あれゴーグルなんですかね?

あれをつけている時の顔、そしてライバルと交わす笑顔、インタビューに答える顔、しかもオランダ語で答える顔、彼女の人生観のようなものが顔に見事に表れている。そして私の心が洗われる。人間の素晴らしさだ。

オリンピックの視聴や感覚が変わってきていることを肌感で感じる。メダル個数を競うニュースに嫌気がさしてきている、もちろんアスリート達は金メダルを目指すのだろうが、特に日本のメディアは過剰なまでにメダル獲得数を強調し報じる。私は辟易する…

そのアスリートたちの人格、家族、恩師、オリンピックという舞台に来るまでの過程、それに感動し、時には落涙する。

こういう傾向になってきたのは、アスリートでない私がのたまうのも何だが、ひとつはインターネットによる選手一人一人のドラマ性を知れるようになったことだ。それと、もうひとつは、パラリンピックだろう。パラリンピックそのものの歴史はあるが、私の感覚では、2016年のリオオリンピックが、パラリンピック元年と表現したい衝撃だった。人々の心が新しいフェーズに入っている。ゆえに、2020年東京オリンピックの意義は大きい。特にパラリンピックをどうするかを世界中が注目することになるだろう。時勢の波をつかんでほしいものだ。が!不安要素の多いのが東京都政だ。

多くの人が知っている大友克洋の名作『AKIRA』がヤンマガに連載開始されたのは私が高1の1982年。私の友達連中では大友克洋作品には常に、度肝を抜かれていたが、『AKIRA』は別格だった。その舞台は2020年に東京オリンピックを迎えようとする前年の荒廃した東京。15歳の私がそれが現実になろうとは想像すらしなかった。『AKIRA』といえばEXILEという人もいれば、アキラ100%という人もいるが、まぁ、小林旭という人もいるだろうが、私としては大友克洋のAKIRAである。後にアニメ映画化され、世界中のクリエイターたちに絶大な影響を与え、そして今も与え続けている。このアニメ版『AKIRA』が公開されたのは30年前の1988年。

オリンピック&パラリンピックは人間賛歌であり、人生ドラマである。人間の素晴らしさを世界で実感、シェアする祭典だとするなら、それこそインターネットによって世界中の人たち、特に子ども達に見てもらい、知ってもらいたいものだ。勝負の世界に狂喜乱舞することもいいかも知れないが、人の意識が世界レベルで戦闘モードなんかにならない方がいい。世界レベルで感動して涙すれば、正に平和の祭典だ。メダル獲得のためならドーピングはするわ、手段は問わないわ、利権をめぐって開催国が暗躍しまくるわでは、希望はない。

あと2年少しで、この日本に世界中のトップアスリートと観客が押し寄せてくる。当然、注目される、世界を驚かせ歴史の転換となるようなオリンピックになるのかもしれないし、それを本気で取り組んでいる方々が今日も世界中のどこかで頑張っている。

[cc id=10]

 


ブラッディ牛丼ブラッディラーメン【第187回】

目安時間:約 4分

ソフトバンクと吉野家の提携によって企画されたスーパーフライデー、その初回の日の吉野家は大混乱に陥ったが、翌週からは、見事に改善された、こうなると誰も想像しなかったのかーい!と言うのは簡単なことだが、いざ、そうなってみないと分からないことは多くある。そしてわずか一週間で、改善される、これには感動させられる。

我が家は家族3人がソフトバンクでのiPhoneユーザーなので、このスーパーフライデーの企画の時、妻はテンションが上がる。フェスのDJばりのノリで。

吉野家に限らず、牛丼屋で牛丼を食す時、私たち夫婦は紅しょうがを入れて食べるわけだが、私はトングでつかんで紅しょうが、2〜3本だけ入れる、チロ〜って感じで。一方、妻はトングでパワーショベル並みに掴んで、ドバーッと牛丼の上に盛る!真っ赤な牛丼…おお、ブラッディ牛丼…こ、これ、牛丼の味すんの?私は牛丼を3分の1を食べたら紅しょうが1本をガジっと食べる、口の中の雰囲気を変える。しかし、妻は、半分くらい食べると、(真紅の牛丼を)再び、トングでガシっと紅しょうがを掴み、ドサっと盛る、ちょっとしたラーメンの替え玉みたいな状態だ。

牛丼か紅しょうが丼なのか、世界ふしぎ発見な感覚だ。これが、ラーメン屋さんに行った場合、同じ状態なのだ。

家の近くにある久留米では名店のラーメン屋があるが、時々その店へ夫婦で行く。私はラーメンに紅しょうがは全く考えられない派だが、目の前で繰り広げられるのは、妻の紅しょうがてんこ盛りショー、ブラッディ•ラーメン…私が絶句していると、「いる?」と聞いてくる。X JAPANの『紅』が脳内に響き渡る。

食生活というのは、実に面白い。私は少々、アレルギー体質ではあるのだが。

そもそもが、日本人というのはずっと、島国で外に出ない民族だっただろう。主食は、米、魚、野菜、たまーーに、肉みたいなことであり、これが、長い歴史であり、身体は細胞は内臓は、DNAは、それらによって構成されてきた。

何千年もかけて、徐々に食文化が変わってきたなら、わかるが、第二次大戦後、敗戦後、アメリカの持ち込んできた食生活が流入する。1945年から数えても、たった70年そこそこだ。急激に体内に入ってきたのは、小麦粉、牛肉、牛乳、白砂糖、といった物、特に小麦と白砂糖による精製食品、加工食品、いわゆるお菓子、ジャンクフード、これも、黒船といってもいいだろう、味覚を刺激され、おまけに、メディアや学者が身体にいいと謳えば、みな飛びつく、しかし、何千年もかけて作られた身体は、急激にその黒船を受け入れているかというと、そうはいかないのではないだろうか…そのボディブローは、昭和50年代60年代と急激にアレルギー体質の子どもが増え、病気も増え、癌や成人病を促進させていったのではないだろうか。

とはいえ、ハンバーガーも牛丼も、そしてラーメンも食べないように出来るかというと、それはほぼ無理だ。

何が身体に良くて、悪いか、この情報を流しすぎ、しかもその垂れ流し情報が金になるのだから、負のループだ。

もっと身体から毒を抜き、感覚を研ぎ澄まし、自分で分かるようにしないとね。実は子どもというのは、その感覚がズバ抜けている、たとえば苦味は味覚が大人の5倍くらいなので、ピーマンにが〜い!ってなるのだ。毒物を口にしないために、そうなっている。それをわざわざ、親が大人が毒を提供しないことだ。ピーマンは毒じゃないけど、やめられないとまらないジャンクな飲食品って毒のようなものだから。

[cc id=10]

 

 

 

 


親父のいちばん長い日【第186回】

目安時間:約 5分

私の父は2012年の9月3日に他界した。高度経済成長期を疾走し、働けば働いた分だけお金が唸りを立てていた時代に私は生まれ育っていった。そして私が社会に出て仕事を始める頃にバブルが弾けた。父は転勤族であったため、私は生まれてから中学生までは、2年ごとに転勤だったので引っ越しを余儀なくされた。私は、そのおかげでいろんな地で友だちに恵まれた。しかし母は大変だったと思う。しかもその住まいは父が責任者を務めるオフィスのビルの中にあるという構図なのだ。今、思えば精神的負荷はハンパじゃなかったことだろう。

父に抱くイメージは厳格、暴言や暴力といったものもなかったが、気軽にはしゃいで騒いで遊ぶという雰囲気ではなかった。高校の卒業式の翌日から働きだした私にとっての父の仕事論は、とても驚愕のものであり、しかも、それ父本人から聞かされるわけでもなく、母や父の仕事ぶりを知る人たちから聞かされた。

そう言えば、仕事が順調にいかず悩む時があって、少し相談したこともあったが、「血尿か血便、出てるか?」と聞かれ、いや、それは無いと言うと、「んじゃ、全然大丈夫や」で終了。チーーン…父は、数十名を抱えた支部、セクトの責任者になるが、だいたいその支部は、そのエリアでは最下位の業績の支部で、それを2年内でエリアでトップまで持っていくことを、し続けたという。

どうしたら、そうなるのかは、多くは聞かなかったが、1つには朝礼だという、父の朝礼で語る20分ほどのスピーチで、チームメンバー(しかも殆どおばちゃん)を感動させ奮起させるそうだ。

他のエリアや支部から、その朝礼だけに参加してた人もいたという。土日休みとして週5日、人の心を奮起させるスピーチを続けるのは大変なことだと思う。インターネットなど無い時代なので、父の情報ツールは本と新聞、読書量も凄かった。知識や情報のひけらかしをしたところで、心が動き、業績につながる行動へ繋がっていかねばならないのだから、どうしていたのだろうか…それは、1万くらいの引き出し(引き出しの値段じゃなくて情報量のたとえ)を持ち、その中から100くらいに絞り込み、更にその中から10くらいに絞り込みをかけ、そこからに3ポイントくらに絞っていくという。それを朝礼で伝えていくというのだ。しかも、その時の業績や士気や空気によって、アウトプットの内容を瞬時に変えていかなければならないことも多い。かといって、エリート街道まっしぐらで来たわけでなく、現場からの叩き上げで、苦労やトラブルの連続、何せ、業績不振、基準値以下が2ヶ月続けば、降格、減俸、左遷といった世界。父の部下たちの士気が高かったのは、朝礼だけではなく、部下のためなら父は上層部とはガンガン、ケンカしていたという。

なので、血尿、血便、薬づけで押し切っていき、夜の寝言は数字、ひたすら数字の寝言だったという。

私は、そんな父のリバウンド的存在になり、実にフニャフニャ仕事感になっている。父は仕事バリバリだったが、母へかかる負担も大きかっただろう、私と弟はそんな父と母の苦労のおかげで不自由なく育った。

父を見送る葬儀の場で、私は喪主として、そのことを語った。

「どう足掻いても、仕事でオヤジを越えることはできなかったです」と。

「仕事の面では、がっかりさせたかもしれない、迷惑もかけたかもしれない、だけど、私や弟の嫁たちを、とても可愛がってくれて、5人の孫を可愛がってくれて、嫁や孫たちもオヤジを尊敬し慕っていく姿を見て、何とかギリギリ親孝行できたんじゃないかなぁと思っています」と言葉を続け、結んだ。

こうして、振り返ってみると父のスタンスに感謝している。毎日毎日、仕事論を語られ、批判されていたりしたら、ブチ切れて、寺内貫太郎一家状態の日々だったかもしれない。

(文中の写真はイメージです。)

[cc id=10]


すぺしやあでえ【第185回】

目安時間:約 4分

2月14日はバレンタインデー。

甘い甘いときめきトゥナイトなドラマが展開される。

ロマンティックをあげるよ、であり、ロマンティックが止まらない、な日である。てなことを50のおっさんが言うんでねぇの!こんな甘〜い文面は1980年代的なキーワードであり、私の青春時代が80年代だったわけだ。

[cc id=10]

私にとって中学•高校時代はバレンタインデーやチョコは無縁であったが、高1の時に奇跡的にチョコをプレゼントされたことがある。いわゆる今で言うところの義理チョコ だが、当時は、義理だのマヂだの、そんなくくりが無かったので、純粋に嬉しかったものだが、とは言え義理チョコなのだけどね。そのいただいたチョコが、麻雀パイのチョコだった。一口サイズが横一列で14個。国士無双のアガった状態のチョコ。チョコいただいた喜び半分、麻雀パイのチョコだったという喜び半分。バレンタインデーというのは商業主義の代表的なイベント、クリスマスもそう。クリスマスソングは恋人ソングになってしまい、そして、毎年、毎年クリスマスソングが発売され、配信される。では、バレンタインは、もっと恋人イベントカラーが強いので、バレンタインソングは多いはずだが、私からすれば、ほぼ無いに等しい。これは私の無知識と偏見によるものなので、ご配慮よろしくお願いします。そんな中で奇跡的な代表的な一曲がある、それが国生さゆりの『バレンタインキッス』である。1986年のことである。パフュームの『チョコレートディスコ』という名曲もあるが、『バレンタインキッス』には敵わない感がある。奇しくも国生さゆりとパフュームは広島繋がりだ。

1986年私が19歳の時、おニャン子クラブ最盛期の頃、満を持して国生さゆりがソロで、『バレンタインキッス』を発売する。当時の私はファンとか、そういうのではなく、友だちと真似をすることに興じていた。実際、あのハデで無いのにけっこう難しい振り付け、足のステップがカッコいい、そしてサビのVサインマークの人差し指と中指を、リズムに合わせてひっつける。そして、歌。歌なのだ。

国生さゆりの…♫「明日は特別すぺしやあでええ」

これです。これを真似してましたね。チョコと無縁の男たちが国生さゆりの真似して歌って踊る、バカでイタい。

私の娘はチョコが好きだ。女の子だから甘いお菓子が好きというのもあるだろうが、勉強を熱心にしていると、脳が糖分を欲するようだ。それは私も分かる気がする。別に勉強しまくっているわけではないが、急にやたらと、無性にチョコを食べたくなる時がある。それは多分、脳を使い倒している時なんだろうと思う。

私はよくスタバを使用するが、基本的にはドリップコーヒーしか飲まないが、時折、急に、甘いものが食べたくなり、ホワイトマカダミアクッキー?を注文する。それ単に身体がヤバいんじゃない?てことかもしれないが、自分的には、

おお〜!脳がエナジーくれ!と言うとる!と思って、食べると、これがシャキーッと、冴えて、ワークが進むのだ。

そういう意味でのチョコレートマジックもあるのだと思う。

 


スポンサーリンク
最近の投稿
カテゴリー
アーカイブ
メタ情報
リンク

ページの先頭へ