リングァ~たまには食べれること歩けることに感謝の表現するのもいいかもしれない【第206回】

目安時間:約 5分

50オーバーになると友人知人の死がリアルに感じる。誰しもが、いつかは死ぬわけだが、自分が死ぬなんてリアリティは、若ければ若いほど考えないだろう。

友人知人の死や難病に遭うと〝これはいつ自分に起きても おかしくない〟という思いを抱かせる。

死や難病は同世代もそうだが、親たちの世代は、当然のことかも知れないが、どんどん増えていく。中学や高校の頃、めっちゃ、遊んでくれて、可愛がってくれた友人のご両親、いつも、おいちゃん!おばちゃん!と声かけて、泊まり、遊び、爆笑しまくったり、時には、お叱りを受けた、そんな愛する方々が亡くなったり、寝たきりになっている。あの頃、おっちゃん!おばちゃん!って呼んでいたけど、年齢的には、そのおっちゃんやおばちゃんは30〜40代だったから、それを上回る年齢に私はなっているのだ。あまり自覚ないんだけど…

私の父も、6年前に他界した。父は嫌がるだろうが、表現的には激死。しかし、本人が選択した生き方で幕を閉じたのだと思う。私が同じシチュエーションにいることを想像すると、みっともない幕引きになるだろう…ゾゾッ

母は父の他界後、すぐ闘病生活を強いられるが、それでも元気に頑張っている。とりわけ、何をどう出来るわけではないが、月に1〜2度、車を90分ほど走らせ、久留米から北九州へ足を運ぶ、と言って何をどうすることも出来ない、電話も出ないことも多いが、それでも、1〜2日に1回は電話をかけたり、かけて、通じた時は、私の妻や娘(孫)にかわるようにしている。それでも、何がどう出来るというわけでもない。

会って、声を聞き、安心することがある、もちろん、振り込み詐欺のことや、泥棒のことなども含む。※そう言えば、私はいまだに電話の第一声は「オレオレ」である。

安心するのが、足を骨折してない事と食事をきちんとしていることである。同時に不安なのは、その2点である。私は、お見舞いなどで病院に行く頻度は多い方だと思うが、人間というのは、年を取り、病気になったりするのだが、できるならば注意して心がけていたらいいなぁと思うのは、日常の生活で、•足を骨折しないでほしい•食事をもりもり食べてほしいの2つである。

足を骨折して動けなくなると体力がみるみるうちに落ちていく、自分の口で食事が摂れなくなると、同じく体力が、急速に落ちていく。

既にそうなっておられる方へ突きつけているわけでもなく、自分や自分の親がそうでなくて良かったなどと言いたいわけではない。友人知人のお見舞いに行く度に、胸をえぐられるような気持ちになるのだ。どれほど自分の足で立って、歩いていろんな所へ行きたいだろう…どれほど自分の口で、いろんなものを食べたいことだろう…

最近、母は薬が強いため、口内炎で苦しんだ上に、味覚が無くなってしまう事態になった。投薬、闘病生活も、頑張れる母の源は、食欲があるということだったが、口内炎で味覚無しの状況は、かなりツラい。体重も一気に4キロ落ちたと嘆いていた。

偏食し、腹が出て、そのためにも運動やウォーキングしなければ、なんて状態にあると、何て声をかけていいものやら…そんな母から電話があって、少しすつ味覚が戻ってきたという声が、とても弾んでいた。

改めて、人が自分の足で歩けるということと、自分の口で食事ができるということは、尊いことなんだと感じる。

自分で立つことが出来ない自分の口で食事が出来ないそんな友人知人にお見舞いに足を運びながら、自分の無力と非力に向かい合うしかできない。向かい合う、向き合う、そのことを大切にしていきたい。いつの日か、自分もそうなる日が来るのかもしれない。それが年をとるということなのだ。でも、それは悲劇ではない、と言える自分であるだろうかと病院へ行く時、帰る時、思ったりするのだ。

家族と愛する人とステキなゴールデンウィークを。


レスクレシオン~たまには日記を書くのもいいかもしれない【第205回】

目安時間:約 5分

STAP細胞騒動の渦中に立った、小保方晴子。賛否両論あることだろう…しかし、その真相は私にはわからない。

あの騒動によって、日本の女性科学者のレベルが世界的に低くなったと言われている。しかし、それは小保方晴子が悪いわけではない。

むしろ有能で有望あるひとりの女性を社会が抹殺していったと思う。そのこと自体が、凄く怖いことだと私は思っている。

小保方晴子に関するブログや連載記事に関することも、全く知らない私だが、最近、『小保方晴子日記』という本を読んだ。

巻末には瀬戸内寂聴との対談が掲載されている。

私は瀬戸内寂聴には関心は無いし、瀬戸内寂聴も私には関心もないだろう。(当たり前)小保方晴子が瀬戸内寂聴に、助けを求めていくのも無理からぬことである。

2015年、2016年、ひたすら隠れ、逃亡し、心ある友人や家族に守られながら、小保方晴子は生きていく…

1日1日、丁寧に記されている。どんなにボロボロになってても、たとえ一行であっても、彼女は記している。

いずれ、本になって、出版されるから、記していて下さいといったようなキナ臭いことがあったとしても、否、そもそも、そんなことがあろうがなかろうが、記せるだろうか…

最近の彼女のファッションやメイク、顔そのものが別人のように、いわゆる綺麗になっている、それをまた叩かれている、、私には、病み疲れ果てた、神経の回路をズタズタに切断された人の顔に見えて、悲しくなってくる。

『小保方晴子日記』を読んだ私は、涙腺が緩み、目頭が熱くなったし、彼女はエラいとピュアに思った。内容の真偽、彼女の心情、その真相、そういうことは、ある意味、どうでもいい。 仮にエンタメ的観点で見たとしても、本として出版、販売できたのだから見事な成功だろう。 世間の重厚な狂気と彼女の空虚で崩れる心身が、1ページ、1ページに刻まれていて、心が揺さぶられる。

私は何が言いたいかというと

【日記を書く】

ということの凄みと喜びなのだ。それは瀬戸内寂聴も強調している。瀬戸内晴美の不倫、自殺未遂、は周知の事であり、彼女は仏門の道を選んだ。

その淵から、這い上がってこれたきっかけとなったのは、心の叫びを書き出したということだった。

〝日記を書く〟ということは、私は基本は好きであり、ずっと続けていることではあるが、時として、ルールや定義みたいなものを、課せたりする。しかし、それが足かせになったりもする。

それぞれの世界がそこには、あるのだが、日記を書くことが好きな私として、わかること、、それは、書きたくない日はザラにあるということ。

話を少し戻せば、報酬があるので書くとしても、今のような日常生活をしていても、果たして書き続けているだろうか…殆ど自信はない。

小保方晴子さんのような状況に置かれたら、書籍化されようが、報酬を望めたとしても書けるだろうか…私には無理、記す一言一句を叩いてくる狂った見えないパトロール隊たちのことを想像したら、恐ろしくて、何も書けないだろう…ゆえに、一行だったとしても記すことを続けたことに純粋にリスペクトする。

書くことで、リハビリになっていれば幸いだが、地獄のような日々…休まることのない日々、眠れない日々、食事、映画、心が解放されることがない日々、引きこもったり、どこかへ逃亡したとて、テレビの電源を入れたり、インターネットを繋げること自体が恐怖という日々、、

時に、彼女と知って、優しく声をかけて、応援してくれる声を聞いただけで、彼女は涙する。些細な優しさに触れるだけで涙が止まらない。

それを日記に記していることは、無駄なことなのか、宝になるのか、それは誰にもわからない。しかし、私も彼女ほどの境地は知らないが、少なくとも、

【書くことで救われる】

という境地を味わった経験がある者としては、引き込まれて読ませてもらった一冊である。


ダークネス レイ~たまにはスマホを休ませるか、頭のそばから離して寝るのも、いいかもしれない【第204回】

目安時間:約 5分

スマホが《21世紀の公害》と呼ばれていることは、ご存知だろうか…

そんなこと言われても困るのだが、私もiPhoneユーザーで割とヘビーユーザー側にいるとは自覚はしているつもりだ。意識して気をつけているささやかなアクションは、私なりの名称だが〝スクロール病〟にならないようにする、ということ。

ニュースサイト、youtube、Instagram、facebook、

それらをスクロールしながら見出すとキリがない状態になっていく。情報収集しているようで、大した情報収集なんてしていない、ダークサイドへ引きずり込まれてる感だ。ふと気付くと、とんでもなく長時間を浪費している。

最近、よく言われてる〝公害〟というのは、スマホのアラーム→目覚し時計 である。

私もよく使う。私は即起きするタイプだが、妻や娘はスヌーズがエンドレス状態だ。

あのスヌーズの中、眠れてることに驚愕する。

さて、それが、どう作用しているのか…

頭痛、吐き気、呼吸器系の傷害などを、発症させているというもの。

そう、お解りのように、《電磁波が脳へ発信》されているそうだ。

もちろん実感は無い人が多いだろう、身体に現象がなければ、なおさらだ。

シンプルに何が言いたいかというと、目覚し時計なわけだから、大概が、《頭の近くに置いて就寝してるでしょ》ということなのだ。

場合によっては、SNSしながらの寝落ち、動画見ながらの寝落ち、スマホから音楽流しながら気持ちよく就寝、そういうのは、当然のようにしている…そして起床するまでは《脳が電磁波を受信》しているということだ。

自然から学ぶことがある、

それは鳥。 レース鳩という競技は、何千キロという距離をどれくらいのタイムで戻ってくるかというもの、私たちが通常、見かける鳩は土鳩と呼ばれたりするものだが、レース鳩は、血統書付きで一羽が何10万円もする。

鳥には帰巣本能があるので、それを利用した競技だ。彼らは何故、長距離を正確に戻れるのか、それは渡り鳥にも当てはまることだが、それが、どうも地球からの磁波をキャッチしているから、ということらしい。

ケータイというものが登場して普及し出した頃、レース鳩たちが、戻って来なかったり、タイムが落ちたり、傷ついて戻ってきたりということが増えたとも聞く、鳥がやたらとビルにぶつかって死んだりとか、それが地球からの磁波をキャッチできなくて、ケータイからの大量の電磁波が鳥の飛行機能を狂わせたそうだ。しかし、鳥はエラいというかかわいそうというか、そんな電磁波対応型ニュータイプに時間をかけてなっていったというのだ。

これがウソかマコトか、その真偽を問うのに時間を使うよりは、鳥の飛行機能を狂わせるものだとしたら、単純に、

【枕元に置かず、頭から離し たところへスマホを置く】

くらいのことはした方がいいだろう。

最近、フランスでは《21世紀の公害》と見なして、•妊婦はスマホを腹部から離す こと。•16歳未満の子どものスマホ 使用を控えさせること。

•イヤフォンを使って頭部に 密着させないこと。

これらのことを国民に勧告しているらしい。

んな、アホな。非現実的やんトレビヤーン。と思えたりもするが、、赤ちゃんや1〜2歳の幼児が、スマホめざして突進してきたり、渡さないと絶叫して泣く姿は、むしろ、鳥が突然、空から落ちてくる光景より、怖く見えたりする。

生まれた時からスマホがあるからニュータイプなのだよ、(シャア風に)

ではなくて、彼らの目に映る光景は、自分を見つめるよりスマホをゾンビのように液晶画面を見つめ続けて、ひたすらスクロール&タップし続けるパパ&ママなのだ。

とはいえ、スマホは必需品であり、自分の一部であり、相棒状態までなっているので、せめて、休ませる時間を持つか(スマホを)、

【頭のそばから離して寝る】

くらいのことは、した方が、未来は明るいのではないだろうか。


ブラッシュアップ~たまには意識して歯磨きするのもいいかもしれない【第203回】

目安時間:約 5分

歯医者さんに治療に通うことで、何かと勉強になる。人間とは勝手なもので、治療で痛みを感じた時、歯医者さんに対する、不満や不信を抱いたりする。

2ヶ月ほど前だろうか…死ぬかと思った。あの超高音のドリル音、よほど難航してるのか、先生のため息も聞こえてくる、しかも説明がない90分間、〝勘弁してくれーー!!〟これは、私の叫びだが、歯医者さん側もそう叫びたいだろう。若いお姉さんの助手の方の腹がやたらと鳴る音がリアルに聞こえてくる。

〝お腹空いてんだろうなぁ、かわいそうに…〟

なんて優しい思いを抱く余裕なんかありゃしない。心臓の鼓動が激しくなり、声も漏れる、50オヤジの情けない声が、背中はイナバウアー状態、エイリアンが腹を突き破ってくるあのシーンのように…

そうだ!

大仁田厚の電流爆破マッチをイメージしろ!オーニタ!オーニタ!脳内大仁田コール、ダメダメ全然ダメ…むしろCIA、KGB、モサド、MI6、諜報機関の拷問シーンしか、脳内に浮かんでこない…あぁそういった映画とか観てなけりゃ、そんなシーン浮かんでこないのに。

心臓が…死ぬんじゃないか…歯医者で治療中に死ぬ…ってどうなのよ。マヂ、ヤベェ。こうやって、記すと患者は、善で正義で、医者が悪、みたいになるでしょ?こういうのこそ、ヤバいでしょ。あぁ、お医者さんや看護師さんってこんなに凄いリスク抱えて、患者の為に、魂張って、尽くしてんのに、いろいろ言われたら、たまったもんじゃないよね。

と今でこそ、冷静になって、記しているが、その時は、死を意識した。翌日も全身筋肉痛だし、何より90分、口を全開だったので、しばらく顔は変形している。動きと顔が『進撃の巨人』の巨人みたいになっていた。

なので、こういう体験をしたら、後日、時間を置いて記す方がいいんだろうなぁと改めて思った。その直後の感情でツイッターやフェイスブックで投稿すると誤解を招くことになる。

先生が、術後、説明していただくも、全く耳に入ってこない…そして受付では、爽やかに、次はいつ来られますか?と聞かれ、かろうじて、予約した。。このパターンが次回もあれば、もう終わりだと思った。

しかし、結局は、自分の不摂生、歯を大切にしてこなかったことが招いたことだということを自覚しないといけない。これは、いろんな事にあてはまる事である。

食事の不摂生、運動不足、睡眠不足、スマホいじり過ぎ、

【そんな日々には必ずツケが来るようになっている】

それを病院とドクターに不満をぶつけられても、たまったもんじゃないだろうと。

後日、同歯医者さんに行ったわけだが、その日は、とても爽やかな若い女性の歯科衛生士さんが、歯石をとってくれたが、何だか、こういうのも考えてみれば恥ずかしい話だ、仕事とはいえ、イヤな話だよ。

知識は無いので分かりやすく説明してくれるために、紫色の薬のようなものを入れた水を口に含ませる、そして、口をイーっと開いて、鏡で歯を自ら見ることになるのだが、こういうのを一目瞭然と言うのだろう。

「紫色になっているところが汚れが取れてないところになっているんですよ」と爽やかな声と笑顔で言われる。愕然ともする…さらに、「でも、こういうところは、きちんと磨いてるので汚れが取れてますよね」

とフォローしてくれるが、その、きちんと磨いてるところなんてのは全体の20%くらいのもので、爽やかな笑顔で言われると、情けないやら、恥ずかしいやらで、たまらない。

そして、歯と歯茎の関係を説明してくださり、ブラッシングしながら、解説をしてくれた。とてつもない説得力がある。

歯磨きは毎日している、しかし、無意識なのだ。しかも雑に、早急に、ブラシがあっと言う間に変形するほどに、強い力とスピードで、時間もよく分からないが、長きにせよ短かきにせよ、頭の中では、歯や歯茎のことなんぞは、1ミクロンたりとも考えずに。なるほど、人生も、同じことをしているのだろう…

食事をしている時も、会話している時も、下手すると、読書の時や、映画観てる時ですら、そして、仕事している時も、歯と歯茎が炎症を起こすように、無意識で味わってないことの1つ1つがいろんな負荷を生み出しているのかもしれない。

歯と歯茎を意識して、優しくブラッシングすることで、膿が溜まり、悪臭を放つことや痛みに苦しむことはない。歯磨きしてるのに、何でだよ?って世界と人生は似てるのかもしれない。

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アニメーション~たまには子どもの頃、感動したアニメを観るのもいいかもしれない【第202回】

目安時間:約 5分

図書館には週一くらいのペースで足を運んでいる。そこで高畑勲さんが亡くなっておられた事を知った。追悼コーナーが設置されていて、そこに並べられていた一冊、『映画を作りながら考えたこと』を借りた。この本は1991年に刊行されたものなので、『おもひでぽろぽろ』までの対談だったり寄稿だったりするもので、約500頁。

追悼で特別放送されるのは、代表作『火垂るの墓』。

そりゃ、そうだろうなぁと思う。この本の中では、原作者の野坂昭如との対談も掲載されているが、場面場面が思い浮かぶだけで、泣きそうになるのに、野坂氏や高畑勲の戦時中の体験談を読み進めていくと、どうしても泣いてしまう、それがスタバだというのに…

今でこそ、世界に日本のアニメは誇れるものとなり、作品数も、クオリティも世界で頂点といってもいいだろう。

しかし、戦後焼け野原から、高度経済成長期を駆け抜けていく戦後20年を過ぎたあたりにアニメーターという言葉すら存在しない時代に、時代の潮流の中で天才アニメーターたちが、激動期を作っていった、30代という年齢層の高畑勲、宮崎駿、大塚康生、富野由悠季、彼らの戦いと運命が〝テレビまんが〟という言葉を打ち崩していった。こんな天才たちが集結した作品が『ルパン三世』だった。

宮崎駿は、ライバルであり、最大の仮想敵である高畑勲をどう思っていたのかは、多くの見解を聞くが本人に聞かない限り、真相はわからない。

※その辺の話は、FMラジオ放送『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』のポッドキャストで、かなり知ることができた。

宮崎駿は高畑勲をパクさんと呼び、高畑勲は宮崎駿を宮さんと呼ぶ…宮崎駿はこう語る。

「日本アニメというものは、『太陽の王子ホルスの大冒険』以前と以降に分かれます」と。『ホルス』は1968年の劇場映画作品で高畑勲監督作品である。

アニメという言葉で、アニメブームが巻き起こるのは、ザックリと言えば、1970年代末の『ヤマト』そして『ガンダム』という流れではあるがそれは、60年代の天才アニメーターたちのベースがあったからこそだ。どうあがいても、高畑『ホルス』に、度肝を抜かれ、影響されたのは間違いないだろう。

私が子どもの頃、高畑勲の手がけた作品、『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』に出会えたことや、映画館に胸踊らせて観に行った『じゃりン子チエ』、それらの思い出は、

【私の財産である】

『ハイジ』は原作はヨハンナ•スピリ、『母を…』の原作は『クオレ』の短編、『チエ』の原作は、はるき悦巳なのだが、原作からブレてないのに原作よりも高次元に昇華させる、 あの野坂昭如も高畑勲に絶大なる信頼を寄せて、委ねていった。それが

【ファンタジスタ高畑勲】

その高畑勲がアニメ作品を作るためにロケハンで、福岡県柳川市に来た、ロケハンの中で、それそのものが作品になったのが『柳川掘割物語』という作品だ。(1987年)あまり知られてない作品だが『映画を作りながら考えたこと』では、約90ページにわたってシナリオも含めて記載されているのを引き込まれるように読んだ。柳川市は私の住んでいる久留米市のとなり町だが、この本に書かれていることを読んで目からウロコだった。

高畑勲が語る柳川、そのことによって初めて知る柳川。

私の友人が柳川市で活躍されているが、彼が中心的スタッフとなって行われたイベントが昨年の10月に行われた。

体調が悪い中、飛んで来てくださり、11月には入院されたそうだ…そう考えると勝手な推測だが、この柳川でのイベントが最後の大きな仕事になっていたかもしれない…

そんな思いがこめられた柳川、それは『柳川掘割物語』を作ったから、と思いつつ、ページをめくっていくと、目頭が熱くなってきた。

私の中の、ハイジやマルコやチエが、はしゃいでいる。そして清太も節子も。


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