サニー~たまには10代の頃の自分を抱きしめてあげたいと思うのもいいかもしれない【第248回】

目安時間:約 4分

映画『サニー』を観てきた。よく耳にすることだが、韓国版『サニー』の熱狂的なファンからは、不評で、初めて観る人たちには、好評だということらいしが、それも真偽はわからない。その韓国版『サニー』だって2012年公開当時(日本)劇場はガラガラだった。

ところが、口コミで、どんどん広がっていって、上映劇場も増えていった。これは近年では『カメラを止めるな!』で、見た現象だが、『桐島、部活やめるってよ』『この世界の片隅に』も口コミ拡散型のヒット作品になっていった。 それは、誤解を招く覚悟で言えば、私たちのような50代の、おっさんが泣ける!泣けた!を連発し、SNSで拡散していったことは大きな要因とも思う。 何故だか、50代のおっさん達は、よく泣いてしまうのだ。※真偽はわからないが

たとえば、コギャルになったこともないし(なったらヤバい)コギャルの気持ちは、わからない、でも、若い娘たちが、笑って歌って踊って、はしゃいでる姿の、あのキラキラ感を見てるだけで泣けてくる。

ヒエラルキーの中で味わう、微妙な心情を見てるだけで、そのヒリヒリ感に泣けてしまう。

韓国版『サニー』を2回ほど観て落涙し、日本版は『サニー』どうなることやらと思ったが、やはり落涙した。すると、また韓国版を観たくなり、観て落涙。最近では、予告編の動画を観るだけでもウルウルしてしまう。こういうのが映画で楽しんでるという感覚だ。

別に、50代だけが、とかおっさんだけが、とか、そういうことを言いたいわけではない。『サニー』などの秀作を観て泣いたりしてしまうのは、〝10代の時の自分に声をかけてあげたい〟ということであり、〝10代の頃の自分を抱きしめることで、今までの自分はそして今の自分はこれでよかったんだ〟ということが、人間の、いや、おっさんの、いや、人間の本質的な部分じゃないかと思うのだ。

その時に大きく作用してくるのが、当時、流れていた音楽、ハマって聞いてた音楽。今、スマホに多くの楽曲を入れて毎日、聞いているが、ほとんどが80年代〜90年代の楽曲だ。※あとアニソン《音楽の力は偉大だ》

90年代くらいまでは、TVから流れていた楽曲、毎週楽しみだったドラマの主題歌、楽曲そのものが、街で流れていた、仲間がそろえば音楽を流して、その時間と空間を共有していた感が強かった、という気がする。一緒に歌ったりしていた。

当時の私たちは、まさか、ひとりひとりがスマホで大量の楽曲をダウンロードして、イヤホンでシャカシャカ聞いているなんて光景を想像できなかった。

『サニー』日本も韓国も、ストーリー的にはベタで、テッパンなのに、ささるのは上記のような内容の共感と共鳴ゆえかもしれない。

おっさんたちの再会と、女性たちの再会とは、意味が違ってくる気がする。女性たちの人生は大きく変わる。友だちは大切だ、親友だと言ってたのに、呆気なく会わなくなり、どこで何をしてるかも、こんなにSNSの便利な時代なのに、所在がわからない…そして、わざわざ探そうとも思わない。

なので、〝永遠の仲間たちだ!〟〝強い気持ち!強い愛!〟というフレーズに、憧憬の思いを抱くのかもしれない。


ディザスター~たまには防災にはシビアに取り組むのもいいかもしれない、んにゃ必要【第244回】

目安時間:約 4分

今日は9月9日、救急の日かどうかは知らないが、日本国民誰もが、災害のことは、深刻に受け止めていかねばならない。天災は、どうにもならない、しかし、大概、わからなければならないだろう、地震、台風、火山、いつでもどこにでも来るということを。

過去30年間くらいを振り返ってみても、メディアの弊害も大きいと思う。いや、テレビのおかげで助かってるというのも事実だが、我々が目にするのは災害後の状況を放送で目にするので、情報として、ありがたいと思うのだが、錯覚がそこに生じているのかもしれない…

例えば、気象庁の人がテレビで危機性を訴えても、大半の人が真剣に聞いてない、受け止めていない、そもそも、専門用語の使い分けもわからないし、何を言ってるのか、わからない。となると、気象庁からすれば、もう、それはそっちの勝手でしょ、とボヤきたくなるのかも知れない、しかも、パソコンやスマホでハザードマップまで見れるようにしている、でも多くの人はハザードマップとか知らないか使用をしない。

テレビを見てても避難しないけど、知り合いの、遠方にいる家族からの電話で、事の重大さを知って避難して、命が助かったという話も聞く。

この度の大阪をはじめとする関西圏の台風、北海道の地震、SNSで安否の確認は、即、取れたし、現地の状況も写真や動画が送られてくる。テレビのニュースの映像も、スマホでSNS上にアップされているものが、多く使われている。

つまり、垂れ流しの分からな情報より、身近にいる、信頼をおける知り合いの言葉である。とは言えSNSこそ、嘘まみれの垂れ流しもハンパない。

メディアやSNSも重要だが、自治体における防災リーダー、防災スペシャリストが、ある程度、災害発生前に動くことが必要ではないかと思う。そんな余裕はない、それどころではない、と言っても、これだけ災害立て続けの災害国家なのだから、重要なことと思う。

大阪の台風の時、テレビで大阪からの中継で、強風吹き荒れる中、ニコニコしながらスマホで写真撮ったり、動画撮ったり、自撮りしてる光景が放送されるの見てると、危なっかしくて、複雑な心境になる。

表現の自由というものがあり、こうして私もメルマガを配信しているわけだが、、ユーチューバーたちの、大食いだの、試してみただの、ユーチューバーたちが集ってあれこれいろんなことやっている、そういうの見ると、吐き気がしてくる。もう〜頼むから、やめてほしい、動画をアップする神経も理解できないが、それだけ多くの視聴者がいるというのに理解に苦しむ。これが小学生たちの憧れの職業かと…影響力あるんだから、防災や災害や、日頃からどうしていたらいいのかなどのプチ知識などの動画が、少しはあってもいいんじゃないだろうか。そんなユーチューバー山ほどいるんじゃないかと。災害国家だというのに、大食いとか、食べ比べとか、大金はたいて何買ったとか、マヂどうでもいいからやめてほしい。


スポンサーリンク
最近の投稿
カテゴリー
アーカイブ
メタ情報
リンク

ページの先頭へ