ヴォーチェ~たまにはSNSではなく話をするのもいいかもしれない【第217回】

目安時間:約 5分

人の生命力やエネルギーは、目や声で伝わってくる。赤ちゃんが産まれた時には、まず泣き声で自分の誕生と存在を伝えてくる。

闘病生活している母に電話を入れると、第一声が不安を感じさせるような声だったりする。そういう時、配慮したりすることも大切…「きつくて、喋るのも、、 やっとなんよ…はぁ…」なんてのが第一声だったりするとねぇ、しかし、やはり電話することは、もっと意義深いことだと感じる…そこから、どれほどキツいかの話をし出すのだが、20分30分と話しが止まらない。聞く内容そのものは、困難に直面していることだが、一方的に話すのを聞いていると、明らかに声のトーンやテンポが変わっていることが分かる。

これは病気を治しているとかそういうことを言いたいのではなく、【話すこと】というのはとても大事なことなんだなぁということ。

年間で孤独死無縁死が3万人という日本。ひとりで、仕事もなく、好きなこともそれほど無く(というよりお金無くてできない)、テレビとかを1日中見てると、やっぱ病気にもなるし、老化も激しくなるだろう…

自殺が年間3万人離婚率は40%やっぱ、それは会話が鍵だと思うんだよね。いくらネットやSNSあれど、話をすることには勝てないかと…いくら、時代が変わっていくとは言え、現時点ではおじいちゃんおばあちゃん世代は、対応できない。SNSに対応できない、おじいちゃん、おばあちゃんの前で孫が話ぜす、スマホいじってる姿は悲しい感じだ。

電脳世界になり、無線で、オンラインでテレパシーのように会話ができるんやでぇってなことも否定する気はないが、人間には〝声〟というものがある。声があるのに、声で伝えないというのは、いかがなものかと思ったりもする。

ドームコンサートで無音だけど電脳で爆音感じてますからとかは、やっぱ気持ち悪い。

最近、やたらと黒澤明 作品や小津安二郎 作品を観るのだが、日本語の会話の温かさを感じたいんだと思う。てか、感じている。

友人知人のお見舞いに行く機会も多くなってきた。何をどうすることも出来ないし、短時間、顔を出して他愛もない話をするだけだが、人のエナジーというのは、目や言葉から波動が伝わってくる。手のひらからも、かなりのエナジーが出るそうなので、スキンシップがいかに大きな効果があるかということだ。

友人と入院中の共通の友人にお見舞いに行ったが、かなり苦しい状態だった。声もほぼ出ず、歩くこともままならない、、ところが、 私じゃないもうひとりの方の友人と入院中の友人の共通点は〝剣道〟の有段者ということ。

ちなみに私は剣道未経験者だが、何故か友人に剣道有段者が多く、話を聞いてるだけでもかなり楽しい。

あれ、危ないんじゃないか、今日は来ない方がよかったのかもしれない…とか思っていたが、この2人が剣道の話をしていると、20分、30分と話が終わるどころか、弾んでいるのが、よく分かる。

入院中の友人の目に光が点るのが、わかる。 声に覇気が出てくるのもわかる。人間ってのは不思議なものだ。

自分の好きな世界を話せる共通の人がいると、そして、思う存分、話をするとかなりの治癒になるだろう。病院や医療の世界もそんなシステムを導入していけば、相当の経費削減になるかもしれない。

目には光言葉には覇気人は会話やスキンシップでエナジーがチャージされていく。ウソかマコトか、かのマザーテレサは、日本に2回来日されたことがあるが、2回とも、涙を流して帰国されたという話を聞いたことがある。〝目が死んでいる〟というのだ。

私たちは、何が生きてることで何が死んでいることか、なんてのは、よくわからないのだが、しかし、それはそれで悲しいことで、とりわけ、家族の中で、目や言葉から、伝えんとすることを、拾えないのは、切ない…マザーテレサの涙は、そのことを伝えたかったのかもしれない。

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