日日是好日 ティーセレモニー~たまには道と名のつく世界を堪能するのもいいかもしれない

目安時間:約 4分

友だちのNさんが、映画の試写のペアチケットが当たったのだが、当日行けないということで、私にプレゼントしてくれた。

それは、『日日是好日』という作品で10月13日公開予定で、女優•樹木希林の遺作ともなる。

不思議なもので、このペアチケットをプレゼントされなかったならば、劇場に観に行くこともなかったし、まして夫婦で鑑賞することもなかっただろう。とてもステキな作品で純粋に感動した。Nさんに感謝だ。

樹木希林という名女優を劇場でしっかり観る。『日日是好日』では、茶道の先生役。茶道が何たるものか、は私にとって無縁だが、作品で語られる茶道の世界は、仕事や人間関係にあてはまるものであり、今、壁にぶつかってる人が観ると、〝なるほどぉ〟と、ほっこりした心でシフトチェンジしていけるような作品だ。樹木希林は、モゴモゴと、ブツブツとセリフを吐くのだが、これが実に本質的で、心に沁みてくる。

2015年に出演された『あん』も超名作だ。樹木希林は、粒あんを作る老人として、登場するが、この、あん作りや茶道も、《人の生き方そのものを語っているようで》実に心に沁みてくるのだが、

様々な役をこなす樹木希林。上記の〝あん作り〟〝茶道〟のマスターかと言うと、一女優なので、職人や先生ではない、つまり演じているのであり、観客を感動までさせる演技に至るまでは、相当な練習を積み重ねているということだ…『日日是好日』で、女子大生2人に茶道を基本から教える場面だけでも、舌を巻く。自分が俳優だと想像したらお手上げで、放棄するだろう。そう思うと、やはり名女優なんだなぁと感じる。

上映開始前に、妻が、突然、「ごめん、寝るかもしれないその時は、ごめんね」なんて言ってきた。こんなの映画以上のエンタメだ。結局、最後まで寝ることは、なかったが、さすがに気になる、作風上、静かなシーンが多くて…妻は寝てないが、普通の鼻息のボリュームそのものが、大きめだということが、気になってしまう。シーーーーン としてる場面、横から、すーーすーーぴゅぅと妻の鼻息。

しかし、そんなことをかき消す新手の敵が登場する。上映開始で30分も過ぎてるのに、10歳くらいの孫を連れてきた、おばあちゃんが、席をかき分け、しかも私たちの、真ん前に座った。

んまぁーー、とにかく落ち着きのない孫に、カバンやらビニール袋をガサゴソと音を立てるおばあちゃん、お菓子やドリンクを要求する孫に、ガサゴソ応じるおばあちゃん、画面上には、茶道の美しき世界…茶道の真逆の世界が、目の前で展開しているのだ。すると、30分もすると、この2人が退席するという事態が起きる。孫が、耐えられなくて、ゴネて退席、そうか、そうか、と想像する私。それなら最初から来るんじゃないよ、しかし、待てよ、まさかトイレ?いやいや、とにかく、そのまま退席でお願いします。しかし、トイレだった…席をかき分け戻ってきて、ガサゴソガサゴソ、バリボリバリボリ、グビグビ、、トイレ行ってる間、あんなに、いい場面だったのに…

終映…苛立ち気味な雰囲気を醸しだしている私を察して、妻が、「映画っていろんな人が観にくるんだからね」と諭すように言ってくる。そう、鑑賞前に、寝るかもしれない宣言する人もいるのだ。

そもそも、あのおばあちゃんと孫は、なぜ試写会に来たのだろうか…『そりゃぁ、あんた余計なお世話ってものよ、ねぇあんただって、チケット譲ってもらわなかったら、観に来なかったんでしょ、ねぇ』と天国の樹木希林から言われてる気がした。

おばあちゃんと孫といえば、『あん』で、樹木希林は、実孫の内田伽羅(つまり本木雅弘•モッくんの娘)と共演していて、思い出しただけで目頭が熱くなる…


サニー~たまには10代の頃の自分を抱きしめてあげたいと思うのもいいかもしれない【第248回】

目安時間:約 4分

映画『サニー』を観てきた。よく耳にすることだが、韓国版『サニー』の熱狂的なファンからは、不評で、初めて観る人たちには、好評だということらいしが、それも真偽はわからない。その韓国版『サニー』だって2012年公開当時(日本)劇場はガラガラだった。

ところが、口コミで、どんどん広がっていって、上映劇場も増えていった。これは近年では『カメラを止めるな!』で、見た現象だが、『桐島、部活やめるってよ』『この世界の片隅に』も口コミ拡散型のヒット作品になっていった。 それは、誤解を招く覚悟で言えば、私たちのような50代の、おっさんが泣ける!泣けた!を連発し、SNSで拡散していったことは大きな要因とも思う。 何故だか、50代のおっさん達は、よく泣いてしまうのだ。※真偽はわからないが

たとえば、コギャルになったこともないし(なったらヤバい)コギャルの気持ちは、わからない、でも、若い娘たちが、笑って歌って踊って、はしゃいでる姿の、あのキラキラ感を見てるだけで泣けてくる。

ヒエラルキーの中で味わう、微妙な心情を見てるだけで、そのヒリヒリ感に泣けてしまう。

韓国版『サニー』を2回ほど観て落涙し、日本版は『サニー』どうなることやらと思ったが、やはり落涙した。すると、また韓国版を観たくなり、観て落涙。最近では、予告編の動画を観るだけでもウルウルしてしまう。こういうのが映画で楽しんでるという感覚だ。

別に、50代だけが、とかおっさんだけが、とか、そういうことを言いたいわけではない。『サニー』などの秀作を観て泣いたりしてしまうのは、〝10代の時の自分に声をかけてあげたい〟ということであり、〝10代の頃の自分を抱きしめることで、今までの自分はそして今の自分はこれでよかったんだ〟ということが、人間の、いや、おっさんの、いや、人間の本質的な部分じゃないかと思うのだ。

その時に大きく作用してくるのが、当時、流れていた音楽、ハマって聞いてた音楽。今、スマホに多くの楽曲を入れて毎日、聞いているが、ほとんどが80年代〜90年代の楽曲だ。※あとアニソン《音楽の力は偉大だ》

90年代くらいまでは、TVから流れていた楽曲、毎週楽しみだったドラマの主題歌、楽曲そのものが、街で流れていた、仲間がそろえば音楽を流して、その時間と空間を共有していた感が強かった、という気がする。一緒に歌ったりしていた。

当時の私たちは、まさか、ひとりひとりがスマホで大量の楽曲をダウンロードして、イヤホンでシャカシャカ聞いているなんて光景を想像できなかった。

『サニー』日本も韓国も、ストーリー的にはベタで、テッパンなのに、ささるのは上記のような内容の共感と共鳴ゆえかもしれない。

おっさんたちの再会と、女性たちの再会とは、意味が違ってくる気がする。女性たちの人生は大きく変わる。友だちは大切だ、親友だと言ってたのに、呆気なく会わなくなり、どこで何をしてるかも、こんなにSNSの便利な時代なのに、所在がわからない…そして、わざわざ探そうとも思わない。

なので、〝永遠の仲間たちだ!〟〝強い気持ち!強い愛!〟というフレーズに、憧憬の思いを抱くのかもしれない。


リグレット~たまには後悔しないために奮発するのもいいかもしれない【第210回】

目安時間:約 4分

明日は日本では母の日だが、皆さんは何か企画しておられるだろうか?

日本では何かと商業主義で、次から次へとプレゼントを買わせることを上手く促すのだが、かといって、母の日や父の日が無くて、商業的企画やイベントが無ければ、何かするだろうか…というと、私はしない気がする。

アメリカドラマ『This is us』は、よく出来たドラマで、サプライズと涙で18回を一気見したわけだが、観る人の視点は様々だが、この投稿では《後悔》をピックアップしたい。

あの時、こうしていれば…こんなことにはならなかった

それがトラウマになっていたり、人生で壁にぶつかってしまうことを、これでもか、これでもか、と描ききる。

それを観て落涙する。

それは自分にもそういうことは多々あるからだ。

と同時に、

後悔しないためにも、今、これをやらなければならない

も、見事に描いている。

えー?と驚くほどに、大事な仕事や契約を捨ててでも、家族の元へ飛んでいく。

また、それを観て涙する。それも自分にそういうことが多々あるからだ。

リメイク版の『フラットライナーズ』という映画があって、27年前に観た作品はヒットはしなかったが、かなりの秀作だったので、かなり期待して観たが、作りがほぼホラーで個人的にはガッカリした。

※しかもクリスマスイブに劇場で、ひとりで…

『フラットライナーズ』は、臨死体験を見事に描いた作品なのだが、ホラー要素の強いこの近作は、《後悔》というテーマに重点を置いて描いているのは、素晴らしいと思った、あまりにもグロい霊的現象や霊界の映像なのだが、何故そんなにグロくて怖いことになってるかというと、

その人の抱えている《後悔》が、そうさせるのだという。

そして人は、与えたことも受けたことも、嫌な心の傷は、消そうとしたり、無かったことにしようとするというのだ。

しかし、消せてない(らしい)がこの作品の主題となっている。

登場人物たちは、自分が、加害者の場合、被害者に許してもらうために、時間も金もかけて、優先順位をかえて、奔走し、奮闘する。

映画やドラマでは、クサい演出や脚本とBGMで、《後悔しないために》を演出しがちだが、中には、秀作もある。

そして、それは、リアルに今、自分の身の周りにいる人たちの間にあることなのだ。

そう思いながら、妻との日々、娘との日々、闘病してる母との日々、何が自分の人生の優先順位なのかを、決めていくことの積み重ねではないだろうか。

長い人生のようで、あっという間であったり、実際、長く感じているなら、日々、積み重ねていることはそう簡単に変えられるものではないのだから…

日々の小さな場面を大切にしていくことは、《後悔》を肥大化させていかないことだと思う。


アニメーション~たまには子どもの頃、感動したアニメを観るのもいいかもしれない【第202回】

目安時間:約 5分

図書館には週一くらいのペースで足を運んでいる。そこで高畑勲さんが亡くなっておられた事を知った。追悼コーナーが設置されていて、そこに並べられていた一冊、『映画を作りながら考えたこと』を借りた。この本は1991年に刊行されたものなので、『おもひでぽろぽろ』までの対談だったり寄稿だったりするもので、約500頁。

追悼で特別放送されるのは、代表作『火垂るの墓』。

そりゃ、そうだろうなぁと思う。この本の中では、原作者の野坂昭如との対談も掲載されているが、場面場面が思い浮かぶだけで、泣きそうになるのに、野坂氏や高畑勲の戦時中の体験談を読み進めていくと、どうしても泣いてしまう、それがスタバだというのに…

今でこそ、世界に日本のアニメは誇れるものとなり、作品数も、クオリティも世界で頂点といってもいいだろう。

しかし、戦後焼け野原から、高度経済成長期を駆け抜けていく戦後20年を過ぎたあたりにアニメーターという言葉すら存在しない時代に、時代の潮流の中で天才アニメーターたちが、激動期を作っていった、30代という年齢層の高畑勲、宮崎駿、大塚康生、富野由悠季、彼らの戦いと運命が〝テレビまんが〟という言葉を打ち崩していった。こんな天才たちが集結した作品が『ルパン三世』だった。

宮崎駿は、ライバルであり、最大の仮想敵である高畑勲をどう思っていたのかは、多くの見解を聞くが本人に聞かない限り、真相はわからない。

※その辺の話は、FMラジオ放送『鈴木敏夫のジブリ汗まみれ』のポッドキャストで、かなり知ることができた。

宮崎駿は高畑勲をパクさんと呼び、高畑勲は宮崎駿を宮さんと呼ぶ…宮崎駿はこう語る。

「日本アニメというものは、『太陽の王子ホルスの大冒険』以前と以降に分かれます」と。『ホルス』は1968年の劇場映画作品で高畑勲監督作品である。

アニメという言葉で、アニメブームが巻き起こるのは、ザックリと言えば、1970年代末の『ヤマト』そして『ガンダム』という流れではあるがそれは、60年代の天才アニメーターたちのベースがあったからこそだ。どうあがいても、高畑『ホルス』に、度肝を抜かれ、影響されたのは間違いないだろう。

私が子どもの頃、高畑勲の手がけた作品、『アルプスの少女ハイジ』『母をたずねて三千里』『赤毛のアン』に出会えたことや、映画館に胸踊らせて観に行った『じゃりン子チエ』、それらの思い出は、

【私の財産である】

『ハイジ』は原作はヨハンナ•スピリ、『母を…』の原作は『クオレ』の短編、『チエ』の原作は、はるき悦巳なのだが、原作からブレてないのに原作よりも高次元に昇華させる、 あの野坂昭如も高畑勲に絶大なる信頼を寄せて、委ねていった。それが

【ファンタジスタ高畑勲】

その高畑勲がアニメ作品を作るためにロケハンで、福岡県柳川市に来た、ロケハンの中で、それそのものが作品になったのが『柳川掘割物語』という作品だ。(1987年)あまり知られてない作品だが『映画を作りながら考えたこと』では、約90ページにわたってシナリオも含めて記載されているのを引き込まれるように読んだ。柳川市は私の住んでいる久留米市のとなり町だが、この本に書かれていることを読んで目からウロコだった。

高畑勲が語る柳川、そのことによって初めて知る柳川。

私の友人が柳川市で活躍されているが、彼が中心的スタッフとなって行われたイベントが昨年の10月に行われた。

体調が悪い中、飛んで来てくださり、11月には入院されたそうだ…そう考えると勝手な推測だが、この柳川でのイベントが最後の大きな仕事になっていたかもしれない…

そんな思いがこめられた柳川、それは『柳川掘割物語』を作ったから、と思いつつ、ページをめくっていくと、目頭が熱くなってきた。

私の中の、ハイジやマルコやチエが、はしゃいでいる。そして清太も節子も。


眼下の敵【第193回】

目安時間:約 5分

人は孤独で、自分で何とかして生きていかなくてはならない、とは言うものの、病院、自治体などにお世話になれば大したエラそーなことも言えない。家族においては尚更のことだ。介護疲れ、老々介護、こんな言葉や環境はいつくらいから使われるようになったのだろうか…

年齢もそうだが、高齢でなくとも病気には容赦なくなってしまう。それも人生、人間、いつどうなるかなんてわからない、なんてことは軽く言えることではない。そこに夫婦や親子の愛の美談があるのならいいが、介護や看病で疲弊し、経済事情も逼迫していく、そういう状況でも愛の美談は生まれてくるのだろうか…暗い表情で、こんな環境のせいで人生を狂わされてしまったと言われたら、どうなってしまうのだろうか…はたまた自分がそんなことを呟くようになってしまったら、どうなってしまうのだろうか…

「ちみぃ、何ネガティブなこ と言っとるのだね」という声も聞こえてきそうだが、最近の出来事から想像していることなのだ。

それは、妻が左眼の痛みを訴えてきた、眼球は真っ赤になっている。眼科にいくと、潰瘍性大腸炎からの結膜炎の炎症だということらしい。私はスマホ、パソコン、テレビの長時間使用が大きな理由だろ、と言うと、何が何でもそれを認めない。まぁ、こういう根性がある限り、どんな状況下でも生きていくのだろう。眼科からは、数種類の目薬が処方され、それを2時間おきにさすのだが、私が一緒にいる時は、さすようにしているが、これが、手強い目の開き方なのだ、もっと開いてと言うと、『101回目のプロポーズ』の浅野温子ばりに、「怖いのよ、怖いの怖いの〜」と言うその顔が怖い。悪戦苦闘して、さすと、「ひゃぁー」「きゃぁー」と声をあげる、そして5分あけて、次の薬をさすわけだが、タイマーで5分セットするのだが、その間、普通に会話すればいいのだが、何だか、座頭市みたいな喋り方になっている。そして、また、さす、「怖い怖い怖い!ひゃー!」これ、私がさしてて、こんな状態だから、ひとりで、さす時は、絶対、目に入ってないよ、これは、って言うと、否、きちんとさせてるよ!と言う。

(じゃぁ自分でやれよ!)って言うのか…私の場合は、こういう光景がワラけてしょうがない。小籔千豊が『すべらない話』で話してるイメージが浮かんでくる。そして、もうひとつ浮かんでくるイメージは、こうやって、そのうち…お互いサポートしあっていくリアリティの日々になっていくってことなんだろうなぁと…何だか、おじいちゃんみたいなこと言ってるみたいだが、年々、確実に身体はガタつき、老化していってるのは、間違いない事実なのだから。

病気や経済的困窮が原因で、家の中の空気が澱み、家族の関係が狂いだす、というイメージは抱きたくないが、そういう情況を多く見てきたし、見ている。しかし、その逆も多く見ている。自分は大丈夫、自分たち夫婦は大丈夫、自分たち家族は大丈夫、そんな過信ほど恐ろしいものはない。

なので、ちょいとしたガタつきや病気やケガの時に、明るくサポートしあっていけるようにしていくのも積み重ねの賜物だと思う。「さみしいねぇ、そんなのが 家族なの?」てな言葉は、まぁ割と無事平穏だから言えることなのかもしれない、ちょっとしたことでも、簡単に分裂、分解してしまうのも悲しいが多き現実だ。

「◯◯(娘の名前)からさしてもらう方が、きちんとさしてもらえるわ」と、〝眼下の敵〟は、のたまう、うーむ、こやつは〝眼科の敵〟でもあるなぁ。

ちなみに1957年のアメリカ映画『眼下の敵』は第二次大戦のアメリカの戦艦とドイツの潜水艦の攻防を描く名作だ。アメリカの戦艦の艦長をロバートミッチャム、ドイツのUボートの艦長をクルトユルゲンスが演じている。お互い、見えない敵将を賞賛する、男たちのドラマだ。

夫婦というパートナーも、賞賛し続けていきたいものだ。

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